蕎麦屋の女将さんが考えたあまり普遍的でない接客の極意 ⑩嫌な目にあったら? 下

まず大前提として、飲食店で働いて「嫌な目」と「楽しい目」の比率は、ネガティブな出来事とポジティブな出来事の割合は、圧倒的に
「楽しい目」、つまりポジティブなことが多いです。
なんだかんだ言って、ハッピーな仕事だと思います。

自分達が心を込めて作ったお蕎麦や料理を求めてもらえる、
美味しいと言って頂く、
そしてそれが次の来店につながる…。
シンプルですが、本当に幸せな循環です。

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夏が来ると、これ目当てのご来店も多いです。
キリッと冷たい「すだち蕎麦」

私の場合は調理にはほとんど携わっておらず作るのは専ら夫ですが、
彼の丁寧な仕事をつぶさに見ていますし、商品の企画段階から関わることも多いので自信を持っておススメできる。
常に迷いのない心で売ることができるのも有難いです。
食という健康に直結した分野ですから、以前医療関係の取材をさせて頂いたことも活かせますし、とにかく毎日飽きることがありません。

何より、日々思いがけない出会いがあります。
ちょっとしたお話が出来るのも、ほんの少し微笑みあうのも、開店した時は赤ちゃんだった子がどんどん大きくなるのを見るのも…
とても幸せなひとときです。

とはいえライター時代より嫌な目に遭う頻度が増えた。これについては、前回、前々回に書きました。
洒落にならないくらいバカにされる…という体験もします(悲)。
ですが、私はしばらくはこの仕事「蕎麦屋の女将」を続けると思います。
それはなぜか…

まずは物書きとして
取材になって有難い
これが大きいです。
本当に深い体験が出来る。
人間が弱い立場の人にどのようにふるまうのか、これは弱い立場にならないと肌感覚として分からないものがありますが、それをリアルに知ることが出来ます。
全然気持ち良くないし見ようによっては我慢の連続ですが、
きれいな表現をすれば、
息を殺して深海に潜り込み
真珠を見つけるような、
アンティキティラの機械を見つけるような、
ダイオウイカに出会うような、
忍耐の果てに人生の真実というか、人間の本音を垣間見ることが出来るのは確かです。

心地よいくらしは心地よいですが、そこでは絶対に掴めないものがあります。
もちろんもっと過酷な体験をして素晴らしい宝石をつかみ取っている方も古今東西沢山いらっしゃるわけですが
私の「深海」はまちのお蕎麦屋さんなんだな…という感じです。

そしてこの普段見られない人間の心の深層、えげつない本音は、一見して目を背けたくなるような汚くてグロいもののようでいて、きちんと読み解けばビジネスの分野ではとても貴重な資源です。

商売の世界ではよく「困りごと」の中に商機=勝機があるという言い方をしますが、
人が何かに苛立っていることをよく観察すると、その奥には必ず怒りがあり、解決が難しい悩み事があります。
「それはあなたの問題ですよね?」
と言って突き放すこともできますが、その人はもしそれが解決するならそこそこのお金は支払うのではないかしら… ? 
つまりそこにはとても強いニーズがあるのではないかしら…?

ですから私は「嫌な目」のその奥に、何があるのかな~というのはよく考えます。
この世の中には、未解決の問題が山積していて、つまり問題行動の中にはビジネスチャンスが潜んでいます(ビジネスというよりは公共の課題=政治の問題かな…と思うこともありますが、これについては別の機会に)。

また「嫌な目」とは少し違いますが、
例えば70代以上の女性のお客様が白和えやおひたしをご注文される時
「こういうのは少しだけ作るのが大変でね。時間もないしね。昔はよく作ったけど最近は腰も痛くて…」
と結構な頻度で「自宅で作らない事情」をおっしゃるのです。
この世代の方は以前こういうお料理をご自分で作っていらして、食べるのもお好きで、でも自分で作れないことに軽い罪悪感があるのかな? 本来は外食で食べるものではないと思っていらっしゃるみたい。ということは…
このあたりのニーズを探ることが出来ますよね。
こういう方々は「作ろうと思えば作れる」だけに、コスト感覚もシビアで、世代によって異なる感覚も勉強になります。

「嫌な目」の中には、普段の何気ない会話の中には、
机上のアンケートやマーケティング調査とは少し異なる
(えげつない)本音
が潜んでいることがあります。

これに触れられるのがすごいメリットだし、何より面白いです。
もちろんこれは飲食店だけの特権ではなく、他にもそういう分野は多々あると思いますが、飲み食いという本能に関わるジャンルだからか、心根がむき出しに露出する傾向にあるような…そんなエビデンスの無いお話です(笑)。

そして極めつけのメリットは、嫌な目をくぐっていると、
ビジネス分野なら鬼のコミュ力を身に着けてトップ営業マンになれ、
ミュージシャンなら高度なインプロビゼーションを披露でき、
ライターなら難しい人のインタビューも難なくこなせる…
というような(すべて比喩ですが)
とにかくすごい訓練ができます。
「コミュ力 ブートキャンプ」に入ったかのようにメンタルが鍛えられる
相手の人間性を踏まえつつその場にぴったりのセリフを即興で繰り出せ、もしも上手くいかなくてもそれほど凹まない…
そんな高度なスキルが少しずつ身に着きます。
このキャンプにゴールはないけれど、ハードな訓練にはそれなりの成果がついてきます。

そしてその成果、
「嫌なこと、辛いこと」を体験することで、ちょっとしたご挨拶、楽しい会話、笑顔…そんなものの有難さ、心に染み入る甘さを、感じられる…
しなやかな感性、幸福の「第6感」ももたらされるのです。
これは
「私の人生、そこそこ快適だけど不幸せ…」
と感じる人が少なくない世の中で、腹おちする確実な幸せを得る事ができ、それでいてまあまあひどい目には遭うので嫉妬もされない(笑)という、お金を出しても買えない「飲食に携わる人へのご褒美」。
これ、もれなくついてきます。

というわけで「嫌な目」は嫌だけれど、すごく「使える」(そして『ご褒美』もついてくる)。
無いに越したことはないのかもしれませんが、
完全に排除するのは今後も多分無理なので、
有効活用している…というお話でした。

ただ、ここまで読んで
「うーん、しかしそれはあなたがライターで経営者だからではないですか? 」
と思われる方もいらっしゃると思います。
以前も書きましたが、それは確かにそうなのです。
物書きで経営者だから耐えられることは沢山あります。
なので、「時給に合わないな~」と思ったり、心がしんどくなったら、
頑張りすぎず辞めても全然いいと思います。
何よりも自分のメンタルを大事にしてほしいですし、このおばさん(筆者)はちょっと変態なのかも…と思ってくれて構わないです。

ただ事情があって飲食をすぐに辞められないとか、辛いけどもうちょっとやってみたい気持ちも無くは無いとか、そういう方の参考にはなるかも…と思って書きました。

次回は「9年女将をしていますが、いまだに苦手なこと」です。
(つづく)

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