昨年から数回にわたってインタビューさせて頂いた原朋直さんですが、
最後にぜひ伝えておきたい大切がことがある!
とのことで、改めてありまさにてお話を伺いました。
聞き手は店主と女将、日本を代表するジャズトランぺッターが蕎麦屋でアートを語るという謎の企画、
ついに完結です。
☆☆☆☆☆
原
これまでいろいろと話をさせてもらって、生い立ちとか、芸術についてとか…
だけどわりと初歩的というか、分かりやすい誰にでも当てはまる話をしてきたわけです。
今回はもう少し踏み込んだ本質的なこと、自分の内側というか、僕がいつも考えている音楽について、アートの本質について話しておきたいと思います。
女将
いよいよ核心ですね。楽しみです。
原
いきなり本題に入るけど
芸術って、何だと思う?
僕は「制作すること」だと思う。
絵画や彫刻、演劇でも映画でも、文芸でも、制作すること、つくること、創造すること。
もちろん音楽も。
では音楽の制作ってどういうことだろう?作曲、編曲…いろいろと思い浮かぶと思うけど、
簡単に言うと「歌を作ること」なんだよね。
そういうと
「えっ?! じゃあ演奏はアートじゃないんですか? 歌を作ってないし」
と思うかもしれないけど、演奏は明らかに芸術です。
紛れもないアート。
作曲家も作詞家も演奏家も、アレンジャーも、みんなアーティスト、みんな芸術家。
良い演奏家は、作曲家同様に自分の歌を作っているの。
このあたりは誤解が多いから説明すると…
クラシック音楽を聴いたことがある人は多いと思うんだけど、同じ曲でも演奏者が違うと仕上がりが全然違うでしょ。
例えば…誰だとイメージしやすいかな?
女将
ピアノだとグールドとラン・ランとか…同じゴールドベルク変奏曲(バッハ)でも全然違う。
原
トランペットのセルゲイ・ナカリャコフとティモフェイ・ドクシツェルも、どちらも天才だけど、同じコンチェルトを録音しても、早さもどこで切るかも全然違う。
シンフォニーもそうだよね。
指揮者が違うと、楽団が違うと、同じ楽譜を見ているのか? と思うくらい全然違う交響曲が出来上がる。
これは演奏者が、指揮者が、曲をそれぞれ自分なりの解釈をして、創造性を発揮して作り上げるからなのね。
だから僕たちが「曲」として聴いているのは
作曲家のクリエイティビティ
はもちろん
演奏家のクリエイティビティ
そして指揮者がいれば
コンダクターのクリエイティビティ
が融合した総合芸術なの。
まあ、ある意味、すべての芸術は共働作業、共同制作なんだけどね。
店主
あの、シンガーソングライターは全部一人でやってるのでは?
原
作り手は一人でも、聴き手がいるでしょう?
だからすべての音楽には
リスナーのクリエイティビティ
も常に発揮されているの。
聴き手や鑑賞者、受け止める人がいるわけだから、
共同作業でない音楽はありえない。
あと録音も芸術だし、楽器を作る人もいてこれも芸術だよね。
店主
リスナーの創造性?
聴いているだけでも芸術なんですか?
原
聴くってすごい創造的なことですよ。
何人かで同じ曲を聴いていても、同じ聴き方をする人はいない。
聴き方もそれぞれだから。
ああこれはいいな、とかカッコいいなとか、
楽しそうだ、哀しそうだ…いろいろ思うでしょう。
自由に、自分らしく感じる、これは創造なんです。
女将
色を感じたりもしますね。
この曲は青っぽいとか、ピンク色とか…
原
そうそう。あと音楽を聴いて元気になって、何かやる気になるとかね。
手を叩きたくなる、踊りたくなる。
まったく別の事をしたくなったりもする。
自分の中でいろいろなものが生まれてくる。
生まれてくるということは、創っているの。
よくクラシックはこう聴けとか、ジャズ鑑賞の作法とか、
どーでもいいことを偉そうにいう人がいるけど、ああいうのは全部無視していいから(笑)。
なんかマウントとって「俺みたいにしろ、俺の聴き方が正しい」と言ってくる人は…ダメな人です(笑)。
自分らしく聴く、それでいいの。それがリスナーのクリエイティビティ。
だから「私は素人だから…」って委縮しないで、
いろいろな曲を聴いてみていいし、感想を言っていいんだよね。
女将
演奏者のクリエイティビティというのは…ソリストならともかく、オーケストラでも創造性が大事なんですか?
私は器楽部や吹奏楽部にいましたが、個性を出すのはむしろNGだった気がします。
原
誤解を恐れずに言うと、個人のクリエイティビティを活かさない集団演奏は、芸術ではないんだよね。
ただ現実的に考えると、中学や高校の吹奏楽部で個人個人のクリエイティビティを活かした演奏をすると、自由すぎて、大会で順位が付けづらくて、競争にならないだろうね。
僕も吹奏楽部にいたから分かるけど…。
だから今吹奏楽部にいる人は、今後自分が実現したいクリエイティビティ豊かな世界のために、
とりあえず今は個性を抑えて技術を身に着けるんだ…と。
決してこれがゴールではないことは知っておいたほうがいい。
ただ、本質的には順位をつけることだって、必要ないんだよ。芸術を重んじるなら。
音楽に優劣をつけること自体、どうかと思うけど、あれはまあ一種のゲームかな?
演奏者はそれぞれのクリエイティビティを発揮した方が確実に楽しいし、そういう個性的な演奏者をまとめられるのが良い指揮者。
世界的な交響楽団は個性的な演奏者ばかりだから、もし世界に通用するミュージシャンを育てたいなら、個性を封印するのはむしろ回り道なんだよね。
女将
集団のスポーツでも、例えばサッカーとか、個性を殺した駒としてプレイさせるより、それぞれの「らしさ」を活かしてのびのびやらせた方が成績が良かったりしますね。
原
その方が能力が伸びるし、相乗効果もあるからね。
第一最近は楽譜通りに間違いなく表現するのはAIができるでしょ。
機械がかなり上手く演奏してくれる。
人間はそれ以外の仕事をした方がいいと思うよ。
女将
アートは自分にしかできない制作をすること…
原
そうそう、自分の「今」を表現すればいいの。
私はこう思う、これがかっこいいと思う、こんな手法を試してみたい。
主語は自分。
もちろんやりたい表現をするために、地道な練習というのも必要なの。
僕がやってるトランペットもすごく難しい楽器で、前も話したけど、僕は10代からはじめて、けっこう熱心に練習してるし研究もするけど、50代になってやっと吹けるっていう実感がわいてきた。
長い時間がかかる。
女将
トランペットは挫折する人が多い楽器ですよね。
原
そうそう、楽器もメンテも安いから買う人は多いんだけど、1日吹くと難しさが分かる。
倍音律、ハーモニクスという原理で音が出るんだけど、超難しいの(笑)。
空気のスピードを調節したりね、なかなかできない。
普通は2オクターブくらいの音を出せる。
僕は今、4オクターブくらい。
店主
3つのピストンだけで、なんであんなに音が出るのか…どうしても分からない。
原
だよね~(笑)。
女将
努力と結果が結びつかない楽器とも言われていますね。
原
とはいえ、まあ、遊びなんだけどね(笑)。
僕くらい遊び続けてると、最近は「吹くときは何もしなくていいんだ」と思えるようになってきたんだけど、
トランペットの初心者が何もしなかったらまず吹けない。
だからそこは練習が必要。
店主
では大学ではみっちり練習させる?
原
基本的にそこは自分でやってもらう。基礎的な練習は一人でもできるから。
大学ではクリエイティビティを育てる場所。
それぞれが自分らしく表現できることに焦点をあてて、そこを指導する。
どんな曲を演奏するにしても、人まねでない、自分の方法があるはずなんで、それを探していく。
そこがまた大変なんだけどね…。
(つづく)