児玉智子さん(大学院生・税理士)1

児玉智子さんは、ありまさが開店してすぐご来店頂きましたから、2015年からのご縁です。

開店したばかりで緊張している私達に
「あそこ、すぐそこの税理士事務所。あと7年でやったら閉めるから。あなたたち、最低7年は頑張りなさい!」
と励まして下さり、
以来お仕事のあとによく立ち寄って下さいました。

「ここのお蕎麦は香りが高いから、揚げてチップにしても美味しいかも」
というアドバイスも頂戴し、
「クルミ味噌とそばチップス」
という人気定番商品が生まれました。

そういえば…
児玉さんは今はお酒を止めていらっしゃいますが、以前はお飲みになっていて、お湯割りをご注文頂いたことがありました。
お酒を飲まない私は配合がよく分からず、酒屋さんのマニュアル通りに作ったものの何かを間違え、ものすごく薄いお湯割りをお出ししてしまったのです。
しかもそれに気づいたのは児玉さんがお会計を済ませて帰られる直前…

既に暖簾をくぐった児玉さんを店主と2人で追いかけ
「すみませんでしたっっ!」と頭を下げました。もう、おいで頂けないかもしれないけれど…。
すると
「あ、やっぱり。薄いけど、でもそういう店もあるのかなって思った」

そしてまた何事もなかったように来て下さって…。

児玉さんは忘れていらっしゃるかもしれませんが、
私にとっては本当に忘れられない出来事です。

☆☆☆☆☆

45年の税理士生活を終え、國學院大學大学院で高齢者のセクシャルケアを研究する児玉智子さんがご来店。
お皿を洗いながら耳を澄ましていると、お客様との楽しい会話が聞こえてきました。

お隣
え、大学院生?! 退職なさってから?

児玉
70代にして…だからね。同級生のおばあちゃんと同じくらいの年齢ですよ。あそこ(ありまさのはす向かい)で税理士事務所をやってたけど、一昨年閉じて、それから改めて勉強しようと思って。

今は介護現場での性のあり方(高齢者のセクシャルケア)を研究しています。
現実問題、介護施設で若い介護士さんがお年寄りに体を触られるとか、異性のお年寄りの入浴で嫌な目に遭うとか、離職につながる案件が毎日のようにあるのね。お年寄りが悪いとかではなくて、認知症でよく分かっていないことも多いし、無意識の場合もあると思うけど、もちろん意識してやる人もいる。

私が思うのは性は人間の本質だし、命の根っことも言えることでしょう。
本当はある年齢になったら現実を知るべきなんだよね。
赤ちゃんがどうしたらできるかとかだけじゃなくて、中年の性、老年の性も。
だけど性については過剰に隠ぺいされていてほとんどの人は正しい知識がないから、突然現実に放り出された若い子はびっくりしちゃう。
介護を頑張ろうと思っていた子ほどショックを受けて、辞めてしまう。

でも若い子に罪はないの。
性については介護系の大学でもきちんと教えていないし、論文を書いても審査の引き受け手がいないくらい。
私の場合は奇特な教授が面倒みてくれてるけど…。

だからすごく必要とされてる研究だけど、未来がある若い研究者がやるのはなかなか大変な分野だと思いますよ。
私は年も年だし、失うものもないし、いい論文書いていい就職したいなんてこともないから、ボケる前にいろいろや
ろうと思って。

お隣
70代だからこそできる研究というのがあるんですね。

児玉
性の現役感がないからかな、年齢が行ってると聞き取り調査にいってもみんなすごく素直に話してくれたりね。
相談しやすいみたい。そういう良さもあるし。

お隣
税理士さんでいらしたのに、全然別の分野というか…、以前から興味がおありだったんですか?

児玉
別に税理士時代から「介護の性の問題を」…と思っていたわけじゃなくて、流れかな。
母を介護する中で、母のいた施設で老人が介護士や職員にセクハラして、老人は退去を申し渡されて、介護士も辞職した。
身近でそういうことがあると考えさせられるよね。
でも今思うと子供の頃からの考え方の癖というか、姿勢は変わらないかも…。

介護をしていた頃
「55才-私が介護に疲れていたので勝子さんが誕生日祝いをしてくれた。
  勝子さんは自由が丘で食堂兼飲み屋をやっていて、キャリアウーマンの客が
  沢山いた。数年前に亡くなって、本当に悲しかった。随分助けられた。
  私はヘルパーさんが帰る時間に合せ帰宅、ベロンベロンで介護していた。
  グループホームに入る前、血圧が160になり、酒を控えるようになった。児玉さん記」

税理士時代も、仕事柄いわゆる富裕層とか成功者と言われる人と会ったりするんだけど、私は
「この人はどうして際限なくお金を貯めたがるんだろう?」
とか
「どうしてこれほど性格が悪い人が出世するのかな」
とか気になるわけ(笑)。

で、いろいろ付き合っていくうちに、ああ、こういう出来事があったからあんな行動をするんだ、とか、
こういう心の傷があるからなんだ、なるほどね~と。
そういう隠されたこととか、土台の部分、見えないけれど大事なことに興味があるの。

私は父親が二人いるんです。
実の父は、この人は公務員だったけどアル中で、のちに母とは離婚するけど、私が物心つくころはまだなんとか更生しようと頑張っていて、でもまたすぐ飲んじゃって。
私は父が実家で父の父(児玉さんの祖父)から説教されてるのをよく見ていたのね。
説教されて泣いちゃったりして…。
父は私のことはすごく愛してくれていたと思うから、目の前で泣いていると子供心にもすごく複雑だった。

今思えばアル中なんて叱っても治らないし、父の育った家庭も薄給の大学教授(児玉さんの祖父)を美容師(祖母)が支
えるっていう、髪結いの亭主ね、ロールモデルとしてはちょっと変わっていたかも。
そんな環境だったせいか、もともとの性格かもしれないけど、小学校の頃から「1+1=2」って言われても、
どうして?
って思っちゃうわけ。
人間は平等っていうけど、実際は〇〇ちゃんはちやほやされてて、一方ではいじめられてる子もいるな、平等ってなんだろう…って考え込んだり。
学校も休みがちだし、育てにくい子供だったな、と思います。

お隣
今はこうしてお話できるけれど…当時は大変でしたね。

児玉
母は英文タイピストで、結局父とは別れて、私は母についていくことになりました。
で母に交際する人ができて、そうなると今度は私のことが邪魔なんですよ。
今は「そうだろうなあ、仕方ないよな」と思うけど、子供のときは辛かった。
母は結局その人とも別れて、別の人と再婚して、それが私のもう一人の父なんだけど、この人もすごく私を愛してくれ
たと思うけど、厳しくもあったの。
子供だからものすごく反抗しちゃって、周囲が「刺し違えるんじゃないか」と思うくらいの大喧嘩をしてた。
すごい不良少女ですよ。この時期に母が「あんたなんか産まなきゃよかった」と言って、これがひどくこたえました。

お隣
これは真面目にならないと、と…。

児玉
逆にますます荒れちゃって(笑)。
一度妊娠したことがあったんだけど、自分は母みたいなことは絶対言いたくないって中絶して、避妊手術もしたの。
それくらいショックというか…。

でもそういう状況でも二人目の父は相変わらず私を気にかけてくれるし、自分でもこのままじゃいけないっていう気持ちはあって、専門学校に行って税理士の資格をとったんです。
この時は親が喜んでくれました。

でOLになって、当時は電卓もなくてみんな算盤、計算機も会社に大きいのが1つあるだけみたいな時代です。
今なら1人でやれるところを10人くらいでやってた。
税理士の仕事が好きかっていうと別にそんなこともなかったけど、好きじゃないからさっさと終わらせようって効率よく働いてたら「そんなに早くやらなくていい」とか言われたり。

ずっと会社勤めのつもりだったけど、会社の男とつきあってて、でも別れたくなって、それで退職することにしました。
昔のことだから
「寿退社じゃなくて辞めるのはあなたがはじめてだ」
って驚かれたけど。
で、29歳のときに個人の税理士事務所を立ち上げました。

お隣
そして70代まで経営されていたと。すごいことですね。

児玉
40年ちょっと、その間もいろいろありましたけどね。結婚して、離婚して、そして写真学
校に行きました。

お隣
今度は写真ですか!? また何で?

(つづく)

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