出不精旅日記 台湾3日目(阿里山への地獄のロード)

朝2時、外はまだ真っ暗です。
ホステルの他の部屋に宿泊している方の迷惑にならないように、ひっそりと部屋を出て一階に行くと、Bくん、そしてスタッフさん達が集まっていました。
あ、Bくんだけじゃなくてみんなで行くんですね。グループ行動なんて久しぶりです。
私たちを含めて6人で出発。
車はBくんが借りて来てくれたようで、運転もBくん。
けっこうなスピードで深夜の台南からを阿里山に向かってひたすら北上します。

結局行きも帰りもずっと運転してくれたBくん

街中を抜けて、徐々に田舎の風景、つまり真っ暗闇になってきました。
そして少しずつ山を登り始めているようです。

車に乗ってすぐは車内に流れている音楽について話したりしていましたが、
しばらくして運転のBくん以外はグーグー寝てしまって…

あら?? 夫は起きているようです。暗いからよく見えないけれど、なんだか辛そうな表情をしている…?
「…さっきからすごく気持ち悪いんだ…。俺は三半規管が弱いんだよ。君も強くないけど…うっ!! 吐きそうだ。君も気持ち悪くて寝られないんだよね…」

じ、じつはそうなんです。あなたほどつらくないけど、私もけっこう車酔いするほうで…。
「これはダメだ。車内で吐いたらまずい。とにかく出よう」


どんなに辛くても曲名は気になる夫(息も絶え絶え「こ、この曲好きだから撮影して…」と頼まれたので撮りました)

夫の異変に気付いたJちゃんが中国語で夫に何か話しかけています。
夫は
「車を降りたいんだ。トイレに行かせて」
と頼んでいる模様。
そして「我老婆(うぉーらおぽー、つまり僕の妻は)」という言葉が聞こえて「妻も気持ち悪いんだ」と言ってくれているようです。
中国語だと「妻=老婆」なんだよなあ、とほほ…と思いつつも、自分がどんなに辛くても私を忘れないでいてくれることにちょっと感動しました。
夫は表面的にはいろいろとアレなところもありますが、ピンチでも頼りになる、心の基礎工事がしっかりした信頼できる人間なのです。

JちゃんがBくんに状況を伝えてくれ、すぐにBくんがコンビニを見つけて駐車してくれました。
Bくんがトイレが使えるか交渉してくれています。

コンビニのトイレは使えないけれど、近くのガソリンスタンドのトイレを貸してくれるそうで…
夫が全速力で走る姿を久しぶりに見ました。
私も、そしてスタッフさん達もトイレを使うことができ、とにかく助かりました。

少し外気を吸ったら不快感が消え、再び車へ。

車は改めて山道を登り始めます。
…が、しかし…しばらくすると、気持ち悪さが再び襲ってきました。
山のくねくねした道をけっこうなスピードで走るので、揺れが激しいのです。
夫は私以上に辛そうで、横になって真っ青な顔をしています。

「トイレはなくていいから…とにかくどこかに停めて。外に出たい…」
というようなことをか細い声で言っています。

Jちゃんはベテラン看護師さんのように「わかった、大丈夫よ」と大きくうなずき、Bくんに停車を指示。
車が止まったとたん、外に転がるように飛びだして吐いている夫。

かわいそうに、車中でずっと我慢していたんですね。

地面に手をついて吐く人を久しぶりに見ました。

夫の背中をさすりつつ、私は考えこんでしまいます。
これは、見ての通りかなりつらい状況です。
ここまで連れてきてもらって申し訳ないけど、引き返してホステルで寝た方がいいのでは…?

悩んでいる私にJちゃんは
「使ってくださいね」
とティッシュペーパーやタオルを持ってきてくれました。何から何まで本当に有難う。

他のスタッフさん達も
「大丈夫? 僕らは後ろにつめるから、賢也と寧子はスペースを広く使って横になってね。寝ていくといいよ。もうすぐだよ」

と言ってくれます。
でもこのまま進むと、こんなによくしてくれる彼らにこれ以上の迷惑をかける気もして…。

うーーむ、困った…

すると夫が急に立ち上がり
「あと少しなんだね、頑張るよ…」
と車に戻っていきます。他のみんなも、
「頑張ろう! 朝日が楽しみだね!!」
とすごく前向き。

どうも「引き返す」という選択肢は私以外は検討すらしていなかったようです。
とにかく、気を取り直してふたたび出発。

窓を少しだけ空けて真っ暗な車窓を眺めていたら、車内に林以楽の曲が流れてきました。
彼女の声はJUDY AND MARYのYUKIそっくり。聞く人に不思議な安らぎを感じさせます。

スタッフさんの一人が、小声で一緒に歌いはじめました。

その可愛い歌声に、ちょっと涙が出そう…。
私達を寝かせるために彼らは後方でぎゅうぎゅう詰めになっていて(本当にごめんね)、
でも文句を言うよりはそれがなんだか楽しそうで、抑えようもない若さの躍動が伝わってきます。
根っから優しいので私達を本気で心配してくれているけど、でも彼らにはおじさんおばさんの言いようのない疲れは分からないんだよね…。
私達も20代のころ、40代50代がこんなにしんどいとは想像もできなかったよ…。
でもその「わからなさ」が、弱っているもの(つまり私たち)にとってこんなに救いになるなんて!!

いいねっ! 若い人!!
介護施設でおじいちゃんおばあちゃんが若いスタッフさんの近くにいたがる感じが、自分ごととして分かるような気がしました。

自分はそこにもう戻れないからこそ、彼らの無自覚な輝きが愛おしいんですね。
そして年をとるって、常にあちこち痛いしくたびれるけれど、こういうことが分かる分、若いころの何倍も面白い!!
これを体感できただけでも中年になった甲斐があるなあ…。

ほどなくしてBくんが
「もうすぐ阿里山高山鉄道の駅に着くよ、時間がぎりぎりだな~」

駅の駐車場に車を止めてくれました。
夫はまたもやトイレに走ります。
ここまで本当によく頑張りました。このあとは短時間鉄道に乗って山頂に行き、日の出を待つだけです。

私がトイレの入り口で夫を待っているとJちゃんが

「寧子、電車が出てしまう。急いで!」
小走りのJちゃんを、トイレから出てきた夫とともに追いかけます。

あ~、そういえば私は阿里山と聞いて「美味しいお茶が飲めるかも」なんてのんきに思っていましたが、
どうも今回美味しいお茶は無理そうですね。
まあそれはともかく、鉄道に乗らないと。

しかし目の前で電車は出てしまいました。

スタッフさん達は乗れたようです。Bくんは「僕らは車で山頂近くまで行くよ」と言っています。
Jちゃんは素早く返金してもらうと、

「大丈夫、まだ方法はあるの。賢也たちはバスで山頂まで行けばいい。バスは前の方の席なら車より揺れないよ。バスのチケットを買ったから」

夫は
「あーー、ありがとう。でもバスか…一種の車だよね。もう揺れるものには乗りたくないんだよ。それにここはすごく寒い。ああ…もう…俺は死ぬかもしれないね」

バスは前から二番目の席が空いていました。BくんとJちゃんは
「本当にすぐ着くから。私達は車でいくね、山頂で待ってる」
と走っていきます。

夫は席に座ると呼吸が荒くなりました。だ、大丈夫かな? 予期不安もあるのかも…。

額に手をあてると…熱はないみたいです。
「こんな展開になると思わなかったから、薄着なんだよ。君は?」
私は常に寒がりなので、いちおうダウンなどを着こんでいました。
「良かった…。俺は…もうだめだ」

バスが発車しました。あ、発車したら電気が消えるんですね。

暗いのはいいのですが、うーん、案の定そこそこ揺れますね。
夫の息が荒く、本当に辛そうです。

すると私達の前の席に座った、目出し帽をかぶったおじさんが突然振り返りました。
険しい目です。
私達に向かって低い声で何かしゃべっていますが、中国語だし、私にはまったくわかりません。

でも雰囲気からなんとなく推察しました。せっかく観光に来たのに、外国人が自分の真後ろで荒い息をして真っ青な顔をしているなんて
「おい、ここで吐き散らかすなよ!」

と一言釘を刺したくもなるでしょう。楽しい気分が台無しです。
通じるか分からないけれど、とにかくあやまろう…と私が英語で話しはじめたら、夫が
「いや、この人は真剣に心配してくれてるんだよ。高山病じゃないかって。上はすごく寒いから、無理するなって」
2人は中国語で話しています。
目出し帽さんはしきりに夫を案じ、また励ましてくれてもいるようです。
よく見れば年齢も同じくらい。国籍を超えた中年の連帯…。
うしろではもっと年上の人たちが先ほどから大盛り上がりですが、中年峠を越えると男女ともにはじけだすのも万国共通なのかもしれません。

もうすぐ山頂のようです。

続く

まとめ
■どんな旅でも重要なのがトイレの場所を知ること。
台湾では
「洗手間」「厠所」「化粧室」
と書かれた場所を探します。筆談でもこれを書けばOKです。
ちなみにトイレットペパーは流せるところと流せないところがあり、表示がなかったりしてよく分からなければ流さず備え付けのゴミ箱に入れるのがエチケットです。

■林以楽
台湾で最も有名なシンガーソングライターの一人、と言われている女性。
今年来日してツアーが開催されました。
ツアーに先駆けての無料コンサートには私達も行ってきました。
作る曲のバリエーションの豊かさ、声の表現力、素晴らしかったです。
来日公演の記事
https://creators.yahoo.co.jp/shimobe/0100372920

YouTube(これは英語バージョン)
https://www.youtube.com/watch?v=nm3nqSIkoF0

■台湾は亜熱帯、熱帯に属するので基本温暖な島ですが、
山に登るときはしっかり防寒していきましょう…。

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